大花器「紫陽花」製作

「二色被せ」…二層の色ガラスと透明ガラスによる三層構造の生地を用いて、色の変化によるグラデーションを表現する技法です。

2001年に発表し、現在15周年を迎えています。
これを記念して、今年度はルリ金赤、ルリ緑、蒼黄緑各色の大花器「紫陽花」を各1点製作しております。
3人の職人が、それぞれの色に分かれて担当しました。

現在、蒼黄緑の「紫陽花」を製作中です。
製作を担当しているのは女性の職人ですが、約4kgの生地は体力面の負担が大きく、一方で二色被せの繊細な表現も必要とする難しい作業です。
ルリ金赤、ルリ緑はすでに完成し、島津薩摩切子ギャラリーショップにて展示販売しています。
鹿児島へお越しの際はぜひご覧ください。

(テーブルウェア・フェスティバル2017の会場では、大花器「紫陽花」のいずれか1点を展示販売いたします)

 

中根櫻龜 MBC賞受賞

去る10月9日、鹿児島の城山観光ホテル ロイヤルガーデンにおきまして、第48回MBC賞表彰式が執り行われました。

 

鹿児島で最も歴史のある民放局 MBC南日本放送では、昭和43年より毎年、経済や社会・文化・教育・芸術・スポーツなどの分野で活躍し、ふるさと・鹿児島への貢献が将来にわたって期待される団体や個人を顕彰する目的で“MBC賞”を発表・授与しています。(現在ではMBC畠中文化基金がその役割を担っています) そして、今年度の受賞者の一人として、薩摩切子の第一人者である中根櫻龜が選出されました。

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DSC_0253選考委員長を務めた前田芳實鹿児島大学長による選考経過報告の後、MBC南日本放送の中村耕治社長より賞状と副賞が贈られました。中根櫻龜は、薩摩切子を現代に蘇らせた長年の努力と、卓越した想像力を高く評価していただいたとのことでした。

また、鹿児島県の大田浩一知事公室次長より、川辺仏壇の蒔絵職人による記念の楯が贈られました。

 

会場には、当社の代表取締役社長 島津忠裕や常務取締役 安川周作をはじめ、古参の職人達も式典に出席し、受賞の喜びを分かち合いました。

中根は、「これからも鹿児島に貢献できるよう邁進しなければならないという重圧も感じますが、プレッシャーをエネルギーに変えて、将来に向けてより魅力的な薩摩切子を皆様にお届けしていきたい」と、感謝の気持を込めて受賞の挨拶をいたしました。

世界文化遺産登録決定!

以前より世界文化遺産への登録勧告を受けておりました「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」は、7月5日ドイツのボンで開かれている第39回世界遺産委員会において審議され、登録されることが全会一致で決定しました。

 

鹿児島磯地区の仙巌園にある反射炉を中心とした『旧集成館』および『旧集成館機械工場(尚古集成館 本館)』もその構成資産の一つです。大名庭園としては初めてのことです。

 

これらは、幕末、欧米列強に対抗するため、薩摩藩第28代藩主島津斉彬が始めた集成館事業の遺産です。鎖国で外国人から直接技術指導を受けられない時代であったにもかかわらず、わずかな資料を頼りに、当時日本にあった様々な技術を応用することで、磯地区にアジア初の近代洋式工場群を築いたのです。

しかも、 斉彬は欧米列強に対抗するためには軍事力の増強だけでなく、国力を豊かにすることが重要だと考えました。そして、紡績、薩摩焼、薩摩切子等の製造やガス灯の実験といった社会インフラにも力を注いだのです。その考え方は「富国強兵」という言葉で後の明治政府にも受け継がれ殖産興業政策に繋がっていきました。

 

日本における産業の近代化の礎がこの鹿児島の地にあったこと、そして先人達が志と情熱を持って困難を乗り越え様々な産業を開発していったことに想いを馳せ、これからの鹿児島の子供達・若者達が その偉業に続いていくことを願うばかりです。

 

薩摩切子も集成館事業により生まれた工芸品です。

今年は期しくも島津薩摩切子復元30周年。

薩摩切子が誕生した当時の、職人たちの苦労や情熱に想いを馳せて薩摩切子を楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

仙巌園ホームページはこちら

島津薩摩切子の販売店で働いてみませんか!  (販売スタッフ募集)

薩摩ガラス工芸では、直営販売店で一緒に働いて頂ける方を募集しています。

現在勤務しているスタッフも、

薩摩切子が大好き! 、 美術工芸品に興味がある!

歴史に興味がある! 、 鹿児島の良さを伝えたい!

色々なお客様と接してみたい! 、 お客様に薩摩切子の素晴らしさを伝えたい!

など、様々な応募理由で集まった仲間です。

私達と一緒に、薩摩切子を盛り上げていきましょう!

 

勤務地は、鹿児島磯地区にあり、名勝仙巌園に隣接しています。

仙巌園は錦江湾や桜島を庭園の景観に取り入れた島津家の別邸で、幕末にはアジア初の近代洋式工場群“集成館”の築かれた場所でもあります。鹿児島を代表する観光地の一つであり、海と緑に囲まれた自然豊かなロケーションです。

 

まずは、御気軽にお問い合わせ下さい。御応募心よりお待ちしております!!

※勤務形態、雇用条件などの詳細は、お電話でお問い合わせくださいませ。

(お問合せ先)

株式会社島津興業 薩摩ガラス工芸

℡099-247-2111

世界文化遺産登録勧告決定!

既に報道でご承知の方も多いかと存じますが、5月4日ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」より『明治日本の産業革命遺産九州・山口と関連地域』について、推薦案件の名称を『明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業』と変更したうえで、世界遺産一覧表への「記載が適当」と勧告がなされました。

イコモスの勧告を受け、6月下旬からドイツでひらかれるユネスコ世界遺産委員会において世界遺産一覧表記載可否について審議がなされます。

 

鹿児島磯地区の仙巌園にある反射炉を中心とした『旧集成館』および『旧集成館機械工場(尚古集成館 本館)』もその構成資産の一つです。

これらは、幕末、欧米列強に対抗するため、薩摩藩第28代藩主島津斉彬が始めた集成館事業の遺産です。鎖国で外国人から直接技術指導を受けられない時代であったにもかかわらず、わずかな資料を頼りに、当時日本にあった様々な技術を応用することで、磯地区にアジア初の近代洋式工場群を築いたのです。

 

実は、薩摩切子もこの集成館事業の一つとして誕生しました。

斉彬は、欧米列強に対抗するためには軍事力の増強だけでなく、国力を豊かにすることが重要だと考えました。そして、紡績、薩摩焼、薩摩切子等の製造やガス灯の実験といった社会インフラにも力を注いだのです。その考え方は「富国強兵」という言葉で後の明治政府にも受け継がれ殖産興業政策に繋がっていきました。

 

今年は期しくも島津薩摩切子復元30周年。集成館事業により薩摩切子が誕生した当時の、職人たちの苦労や情熱に想いを馳せて薩摩切子を楽しんでみてはいかがでしょうか。